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第一回絆甲子園開催報告
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参加チーム紹介タイトル
 
郡山リトルシニア
郡山市は中通りと呼ばれる福島県の内陸部に位置しているため、震災による被害は海側の地域に比べると少なかった。ただし、震災直後に起きた福島第1原発事故の影響を受けた。原発からおよそ60キロは離れているものの、当初は野球をするどころか屋外に出ることもままならない状態。4月1日から練習を再開したが、屋内待機を余儀なくされていた間に、団員の体力はかなり落ちてしまったという。6月の日本選手権東北大会では思うような結果を出せなかった。「でも、うちよりもっと厳しい状況のチームもあるので、それを言い訳にはできません」と根本浩二監督は話す。今年の4月末、待望の新しいグラウンドができあがった。原発事故後に完成したため、被害は少ない。小学校6年生も含めて団員は27名。チームの持ち味は、泥臭いけれど粘り強い野球だ。「今年は特に走力を強化してきた。大会に参加するからには、いい試合をして勝利を手にしたいですね」
第1回絆甲子園出場に向けて
1 荒井来夢選手
3月11日に東日本大震災があって、そして僕らは1ヶ月くらいの休みで野球が出来るようになりましたが、今も地震の影響で野球が出来てない人もたくさんいると思います。そういう人たちに比べれば野球が出来るだけで僕らは幸せだと思います。
2 安斎遼大選手
僕達3年生は最後である選手権東北大会が終わってしまいました。終わった時みんな目標をなくしバラバラですごく心配でしたが、一人一人がこれからどうすればいいのか考えました。これから大会が4つあります。大会を全て優勝するという気持ちでチーム一丸となって戦いたいと思います。
3 氏家京一朗選手
僕達は大震災により練習が出来ませんでした。4月から練習が再開、新しいグラウンドも出来ました。今回の震災で春の東北大会がなくなりましたが、東日本大震災復興支援大会が行われました。結果は3回戦敗退でしたが、いろいろなことを勉強でき野球が出来ることに感謝しています。
4 菊池謙選手
震災の影響で練習を中止せざるを得ない状況になり、いつ好きな野球が出来るか沢山の不安がありました。4月にようやく練習が再開、同時に念願のホームグラウンドが完成し日々練習に明け暮れました。6月の選手権3回戦敗退しましたが東京青山シニアさんの大会に招待され、まだ大好きな野球をこのメンバーと出来ることに感謝したいです。
5 牧田賢也選手
私たちは3月11日に大きな地震にあい、なかなか練習が出来ない日々が続きました。でしたが、4月になって新しいグラウンドができました。私たちはこのグラウンドでプレイ出来ることを、グラウンドを作ってくれた関係者に感謝し、これからもプレイしていきたいと思います。
6 渡辺謙悟選手
僕達は震災や原発の問題で野球が出来なくなりました。しかし、いろいろな人のおかげでまた野球ができるようになりました。まだ野球がしたくてもできない人がたくさんいます。野球ができることに感謝していきたいです。東北大会では残念な結果でしたが夢に向かって努力したいです。
7 遠藤京右選手
大震災により野球をしたくてもできない人たちが数えきれないほどいるなかで自分にできることは野球をしたくてもすることのできない人の分まで精一杯プレーすることだと思うので、野球ができることに感謝し少しでも長い時間チームメイトと野球ができるように頑張っていきたいです。
8 佐川克志選手
僕は大震災を経験して最初は野球が出来るのか不安だったけど4月に練習が再開しチームで目指してる「東北制覇」を胸に頑張ってきました。そして選手権「東北制覇」に向けて試合に挑んだがベスト16で終わってしまい悔しかったです。これからは次の目標に向かって頑張っていきたいです。
9 渡辺圭吾選手
自分たちは震災で練習することが出来ませんでした。1ヶ月後新しいグラウンドができ、みんなと練習できた事がとても楽しかった。初めてみんなに支えられて自分は野球ができていると思いました。選手権ではくいの残る結果でしたが、これから高校に向け一段階でもステップアップすることができたらいいと思います。
10 佐藤優太選手
大震災から今まで僕は野球をすることができていました。今回の震災や原発の影響で避難をして、今野球がしたくてもできない人がたくさんいます。僕の学校の体育館にもたくさん人が避難しています。野球ができない人たちの分もしっかりできるよう一生懸命これから取り組んでいきたいです。
11 関本将大選手
僕は3月11日の東日本大震災で多くの人が亡くなり多くの人が家をなくしてしまったことを悲しく思います。この福島県も原発事故で前とはちがった生活を送ることになってしまいました。その中で僕達の仲間達も野球ができなくなったと知り、その人達のためにもがんばりたいです。
12 佐川直己選手
僕は大震災で野球ができることの喜びを感じました。原発事故の影響で練習ができない日もありましたが、それをのりこえ4月に新ホームグラウンドができました。夏の選手権に向けて懸命に練習しましたが結果ベスト16で敗退してしまいました。今回学んだことを糧にして今後の野球人生に生かしていきたいです。
13 遠藤克之選手
自分達は大震災で約1ヶ月野球ができなくなり4月から6月後半の最後の大会に向けて練習してきました。しかし最後の大会は目標をチーム全員で達成できずに終わってしまいました。そんな時に東京青山シニアさん主催の大会が入ってきて人のありがたみを知り、野球が出来ることを幸せに感じました。
14 星篤史選手
僕達は3月11日に大震災にあいました。約1ヶ月間練習ができませんでした。そして4月に新しいグラウンドができました。7月の東北大会はとてもくやしい結果になりました。そして8月に東京で開かれる大会に招待されました。大会では全力でがんばりたいです
15 村越皇介選手
自分は3月11日に起こった東日本大震災で3月いっぱい練習ができない状態になりました。しかしたくさんの人のご協力で立派なグラウンドができたことに本当に感謝しています。今大変な時期をむかえてるなかで野球をやらせていただいてることに感謝して頑張りたいです。
17 吉田悟選手
僕達は今回の震災と原発での放射能の影響で少しの間でしたが練習が思うようにできませんでした。ですが僕は今回の震災と原発のことを理由に「あまり練習できなかった」とは言わないように努力したいです。チームはこれからなので頑張っていこうと思います。
18 能戸泰行選手
3月11日東日本大震災の影響で僕たちの郡山シニアも3月の練習が中止になった。しかし4月に待望のグラウンドができ練習が始まった。目標は東北制覇。しかし選手権東北大会では東北制覇まではいたらなかった。この大震災を経験したからこそ何ごとにも負けない強い気持ちで続けたいです。
19 鈴木翔馬選手
僕は地震で3月中は練習を全然していませんでした。4月からは練習に行くようにしました。久しぶりにやった時はにぶっていましたが、やってるうちに前の感じに戻ってきました。この地震があったために野球のできる喜びを学ぶことができました。これからもがんばりたいです。
20 国分慶一選手
震災の影響でメンバーがバラバラになっているシニアがあり、自分達はみんなと野球ができることを幸せに思いやって行きたいです。また先輩方と一緒にできるのは少ししかないので迷惑をかけないようにテキパキと一回一回集中してやっていきたいと思います。
21 田口卓実選手
大震災を経験して野球ができるというありがたみが分かりました。4月に僕は郡山シニアに入り、そして新しいグラウンドができ、おもいっきり好きな野球ができることに感謝して野球ができなくなってしまった人達の分までしっかり野球ができるように頑張りたいです。
22 藤田大地選手
東日本大震災でシニアの仲間に会えなかった1ヶ月間はとても長かったです。野球ができるようになっても原発の不安がありました。その中で迎えた選手権ではおしくも負けてしまいましたが野球ができて幸せでした。また東京で行われる大会に招待していただきとてもうれしいです。
23 佐藤 聖人選手
ぼくたちは3月11日震災を受け3月中は野球をできなくなりました。4月になり野球ができることになりました。そして6月に行われた選手権大会でくいの残る結果になり、これからの練習を大事にやりたいです。
25 星修平選手
大震災の後、約1ヶ月練習ができませんでした。最初は野球ができず家の手伝いなどをしていましたが、3月末に練習が再開しました。再開した時は野球ができる喜びでいっぱいでした。好きな野球ができるのは、両親や事務局長に感謝して好きな野球をしたいと思います。
 
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